「くだんのはは」(小松左京)

14歳で終戦をむかえた著者の目に映った「軍隊」

「くだんのはは」(小松左京)
(「日本文学100年の名作第6巻」)

 新潮文庫

空襲で焼け出された「僕」は、
かつての家政婦・
お咲さんの奉公先へ
一時預けられることになる。
その家は、
戦時下であるにもかかわらず、
裕福にも米の飯を
食べることができていた。
そして夜になると病人の
怪しげな泣き声が聞こえ…。

前回に引き続き、
小松左京の戦争に関わる短篇作品です。
ネタバレになり、
大変恐縮なのですが、
本作品を語るには、
ネタから話す必要があります。

病人はその家の女主人の娘で
くだん」なのです。
「くだん」とは「件」と書き、
人であり牛である、
いわゆる牛人なのです
(西洋ではミノタウロスが有名です)。
件は特殊能力を有して生まれる存在であり、
本作品の件は、
予知能力と防御能力
(家と財産を災害から守る)を
備えているのです。

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この件、
実は呪いによって誕生しているのです。
女主人は、
かつて小作農から年貢を搾り取って
財を成した家系の末裔であり、
犠牲になった者の怨霊が
件という呪いとして現れたのです。
「俺はお前たちの一族に
 苛めぬかれて死んだ
 百姓たちの一人だ。
 怨みがつもって
 お前の家にとりついたが、
 そのかわり、
 お前の家や財産は守ってやる」

怨念が積み重なって娘が件になる、
しかしその家の財産は守る。
腑に落ちません。
件とは何を表しているのか?

終末になると見えてきます。
女主人は「僕」に、
件が日本の敗戦を
予言したことを教えます。
そして、件の命が
まもなく尽きることを告げます。

凶事の前触れとして生まれ、
大勢の民衆を死へと追いやり、
しかし空襲や
周囲のねたみ・反感からも家を守る。
そうです。
女主人は「国体」であり、
件は「軍隊」なのでしょう。
その存在が戦争を呼び寄せ、
不幸を招来する。
多くの民の血を流し、
主人の命と財を守護する。
敗戦という形で戦争が終われば、
その存在も消え失せる。
そしてその本体は
醜く呪われた姿をしている。
14歳で終戦をむかえた著者の目には、
軍隊とはそのように
映っていたのでしょう。

本作品はSFという枠組みを超え、
文学としての風采を放っています。
小松左京、恐るべし。

※作品名「くだんのはは」は、
 戦前の流行歌「九段の母」に
 引っかけたものだそうです。
 九段とはもちろん靖国神社。
 ここにも風刺が光っています。

※「くだん」については内田百閒も
 「件(くだん)」という作品で
 取り上げています。
 小松左京の「くだん」は
 牛頭人身ですが、
 内田百閒の「件(くだん)」は
 人頭牛身です。

※現在、書店で
 小松左京の文庫本を
 見かけることがなくなりました。
 角川文庫の緑色の背表紙が
 ずらりと並んでいた、
 昭和50年代の小松左京ブームは
 どこへ消えてしまったのやら。

〔本書収録作品一覧〕
1964|片腕 川端康成
1964|空の怪物アグイー 大江健三郎
1965|倉敷の若旦那 司馬遼太郎
1966|おさる日記 和田誠
1967|軽石 木山捷平
1967|ベトナム姐ちゃん 野坂昭如
1968|くだんのはは 小松左京
1969|幻の百花双瞳 陳舜臣
1971|お千代 池波正太郎
1971|蟻の自由 古山高麗雄
1972|球の行方 安岡章太郎
1973|鳥たちの河口 野呂邦暢

(2019.3.2)

【以下の本にも収録されています】

【小松左京作品の記事です】

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